「働き方改革」より「働く意識改革」

2019-04-27 (土)

最近、人材育成と残業代についての質問をどの業界でも受けるようになりました。「練習」はどうカウントするのですかということです。私は、自主練は、本当に「自主」であり、それを明確にして「自主練」はもちろん残業にならないようにしてくださいと言います。全員でやるものは、それは自主ではないので残業ですが。残って、腕を上げるために自分が練習するのは、どの業界でも同じで、スキルをあげなければお客さんへの品質が保てないのでやらなければならないのですが、もし、従業員が時間内で終わることだけ考えているならば、それは、やる気のある同期の人には置いていかれるということになっていきます。昔は、全員、残業代なしに強制的にやらされました。今は、それはもうダメです。ある優秀な企業で、評価項目に自主制作の作品を目標項目に入れた時期がありました。腕を上げるために非常に重要なことなんですが、では、自主制作は仕事ならば、作成している時間は仕事なので残業とすべきではという議論になったことがあります。スキルには個人個人でレベルがあるので、それは測れないので、結果的に、「重要なのにも関わらず、評価項目から外れ」ました。そうすると、自主制作数が極めて減少しました。これがいまの、どの会社でもいえることかと思います。練習は必要で、頑張らなければならないのですが、給与をもらわないとやらないということです。実際に、お客様を相手している時や納品物に関わることで仕事をして遅くなるのは時間外手当をつけるのは当然ですが、時間外手当をもらえないなら練習しないという人が多くなったのかなという気はします。

会社は、社員のスキルを底上げしたいので、なんとか練習させたいので、新人の練習時間を入社後、しばらく、所定時間内に確保したり、営業時間内や残業を支払ったりして練習させていますが、それだけではスキルは上がらないのは当然です。家でやったり、朝、早く着てやったり、休日に出てきてやったり、場所を変えてやったり、という本当の自主性が、その人の成長につながり、実力になってくるものだと思います。何かの資格を取るために勉強したり、センスを磨くために、ファッション雑誌の切り貼りをしたりして、他人とは違う力をつけて営業に活かすものだと思います。私は若いときにそうしました。やっていなかったら営業で数字は出せなかったと今でも思います。こういう意識が大切ということは、どこかで教えてあげないと、いつまでも時給のアルバイト感覚で仕事をしてしまうようになると思います。甲子園に出場するような選手は、絶対に全体練習時間外に素振りや投球練習をしているし、オリンピックに出る選手なども自主的に、それは血のにじむ努力をしているのかと思います。これからは、益々、「個」の時代になり、自分のやりたいことに磨きをかけて発信していく時代になってくると思います。そういうときに、全体練習以外はプライベートな時間として、ただ時間を浪費するようなことで良いのかどうか。これも個人の自由ですが、将来的に食える食えないということになると、勤めた会社や時代に翻弄される人になってしまうと思います。そういう方は、責任を他に転嫁する傾向は強い人が多いような気がするのですが、現実的な大変さは何も変わらないので、やはり、「個人個人の一生懸命の時間」はキープしなければ、同じ業界内、さらには国境を越えて必死で頑張る人たちに置いて行かれることになると思います。働き方改革、ワークライフバランスとかいう前に、「働く意識改革」をしないと、横並びではリスクが大きいことを教えてあげるべきかと感じる、今日、この頃でございます。

働く意識改革.jpg